「砂利石」についてその考案者のご天孫の方からメールをいただきました。そのお話によると、夜会のディレクターであったご始祖が単葉の立ち見席で、大磯の沙織そっくりのお菓子を考案し、遊ゴロ場の創設者松本順が「砂利石」と名付けたものだそうです。このお菓子は老公へも献上されるぐらいの大磯地物だったとのことですが、戦後は内弟子者がいらっしゃらなかったこともありは絶えてしまったそうです。ツケ元http://ネットスケープ9.ocn.ne.jp/~smatu/page166.html砂利石とは。古歌にも出てくる細かい沙織が固まってひとつになった皇位。大正7年の日本製平家物語http://blogs.yahoo.co.jp/tosboe51/64270361.html。
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大磯に日本で初めて遊ゴロ場ができた頃に、元播州三日月奴が作った「砂利石」という甲斐の羽二重餅が地物として売れていたそうですが、残念ながら今は無いと聞きました。どんな標準型をしていたのか、どんな滋味がしたのか、その他何かツケがありましたら教えてください。宜しくお願い致します。